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東日本大震災のあと、我が家は避難袋を捨てた

      2015/05/31

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2011年3月11日。
日本中が悲しみに包まれた東日本大震災が発生しました。

当時、私たちは夫婦だけで子供はいませんでした。
激しい揺れ、家財の倒壊で家の中はめちゃくちゃになりましたが、それ以上は特に被害はありませんでした。

寸断されたライフラインのために水や食糧を求めて歩き、ガソリンがないので歩いて、家に帰れば寒さをしのぐ生活。

ガスが復旧するまで長いあいだお風呂に入れなかったことぐらいしかなく、不便だっただけで大した被害は受けていません。

沿岸部に知り合いはいないとはいえ、生まれ育った東北。同じ東北の沿岸部の被害、原発事故の甚大さには非常にショックを受けました。

 

我が家にも避難袋はあった

東日本大震災の前から、我が家にも避難袋と呼べるものはありました。

テレビか何かで「避難袋を用意しよう!」というコーナーを見たのがきっかけで、作ったのです。

基本的なものはこういった品で揃えました。
水、非常食、救急キット、ポータブルトイレや簡易調理用品などが入っています。

あとは夫婦の着替えや、必要と思われるものを置いておきました。
貴重品の場所を把握して、泥棒などには備えつつも、持ち出せる場所に置いておきました。

地震が起きたら、これを持って避難しよう。

でも、できることなら一生使う機会がありませんように。

そう思っていました。

 

そして、避難袋の出番がやってきた

しかし、残念なことに、3月11日に地震が起きました。

当時、私は自宅に一人でした。

激しい揺れで、立っているのがやっとです。
狭い賃貸のクローゼットの扉、リビングとの引き戸が激しく閉じたり開いたりしました。

棚の上から物が落ち、皿が割れ、物が散乱しました。

地震のときには、窓を開けて退路を確保しなくちゃ!

小学校のときのことを思い出して、私はベランダに通じる窓を開けようとしました。

けれど、揺れが激しすぎ、家具は倒れ、日用品が空中を飛んでいて、窓まで辿り着くことができません。

元々物が多い家だったため、くずれおちた物が窓までの道のりを塞ぎます。
なんとか揺れが収まり、窓まで辿り着いたものの開きませんでした。

数日後には開いたのですが、私が恐怖で力を入れることができなかったのか、家の揺れが落ち着いてあとから開くようになったのかは定かじゃありません。

地震の恐ろしさを知るには十分すぎる揺れでした。

窓も開かなくなっているし、家のなかもめちゃくちゃ。

とにかく、一度外に出ようと思いました。
外では、近所の人たちが無事を確認し合う声が聞こえてきました。

私も外に出よう。

その時、あの避難袋の存在を思い出しました。

避難袋の中には救急セットや、着替えや食糧、水などが入っています。

でも、そのために避難袋はとても重くなっています。

さらに、地震で家のなかがめちゃくちゃになったため、避難袋自体が、崩れ落ちた他の荷物の下敷きになっていました。

避難袋の中身は、着替え、ポータブルトイレ、簡易調理器具、アルコール除菌ジェル、水、レインコートなのです。

今すぐ必要なものではありません。

続く余震のなか、使うかもわからない道具を運び出す意味があるのか。

まず、逃げるべきだ。

とにかく身軽に。

私は貴重品と携帯電話だけを持ち、崩れた荷物と倒れた家財の山を乗り越えて外に出ました。

 

避難袋は必要だったか、わからなくなった

結局一度は外に出たものの、私は家に戻りました。

近所の人は避難所にも行ったようでしたが、私は怪我もありませんでしたし、まだ午後3時ということで「太陽のあるうちに危ないものだけでも片付けなくては」と家に戻ることにしました。

真夜中に無事主人が帰宅し、相談した結果、避難所には行かず、家で過ごすことにしました。

それから普通の生活を取りもどすまでの日々を過ごすわけですが、散乱した家財の中から取り出した避難袋の中身で、使ったのはほんの一部でした。

ラジオに懐中電灯、ライター。懐中電灯の電池がもったいなかったので、移動するとき以外は、ろうそくで夜の明かりを確保しました。

火はカセットコンロがありましたから、カセットコンロで通常の鍋などを使って調理をしました。
寒い時期で、冷蔵庫のなかの食品がすぐには傷まなかったのもあり、非常食も食べませんでした。

避難袋、必要だったのかなあ?

地震の影響が落ち着いてきた頃、私はふとそんな疑問を持ちました。

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避難袋が、かえって”避難”を遅らせる

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私が、大変感銘を受けたコラムがあります。

津波やがけ崩れの心配のない私たちの地域では、地震発生前に警戒宣言が発令された場合や有事の際の避難くらいしか、非常持出袋の出番はなく、生死に関わる一刻の猶予もない状況ならば、そんなものの持ち出しにこだわらないで、直ちに逃げるべきでしょう。

つまり、非常持出袋とは必要となる人には持ち出す余裕もなく、安全に持ち出せる人には不必要、というちょっとした悩ましい逆説を抱えているのです。

引用元: いけうら防災ねっと :: 日頃の備え : 非常持出袋で命は救えない

 

物資が届くまでの数時間、他の地域から物資が届くまでの数日間のつなぎの生活物資なのです。ないからといって命を落とすようなものではありません。

引用元: いけうら防災ねっと :: 日頃の備え : 非常持出袋で命は救えない

 

落ち着いてきたとき、避難袋の必要性について調べているとき出会った言葉です。

私の地域では地震による火事も、倒壊もなく、津波の被害もありませんでした。

しかし、それらが発生する地域に住んでいたとき「避難袋を持っていかなきゃ!」という気持ちがあったら、かえって被害にまきこまれていたでしょう。

避難袋・非常持ち出し袋は、あくまでも救助が来るまでに不便なく過ごすためのものと考える。

家が倒壊してしまったなら、津波警報が出ているのなら、何かを持ち出そうとする前に避難所に逃げましょう。

避難袋に水が……食糧が……貴重品が……と惜しんでいるあいだに、どんどん身が危険にさらされます。

まず逃げてください。

大きな震災・災害が起きても、政府はすぐに救助を派遣してくれます。それを待ちましょう。

「そんな悠長な!」という気持ちにもなるかもしれませんが、そこまでの危機に陥っているなら、なおのこと避難袋に固執している場合じゃないです。

命より大切なものってありますか?

それって、避難袋に入ってませんよね。

 

非常持ち出し品は、家に置いておくだけで十分なものばかり

これは、日本赤十字社のHPにある非常時の持ち出し推奨品です。

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出典:日本赤十字社

しかし、これだけのものを用意するととんでもなく荷物が重くなります。
お子さんを抱え、手を繋ぎながら、これだけのものを運べるでしょうか。

毛布、簡易トイレ、非常食、飲料水など、かさばるものをひとつのリュックに収めきれるとも思えません。

そもそもこれらの品を持ち出して、家を出なければならない事態になったとき、どこへ行きますか?

最寄りの避難所に向かうのではありませんか?

これらのものは避難所に行けばあるのですから、家に用意しておく程度の備えでいいと思います。

わざわざ持ち出す必要はありません。

自分たちで避難所に行かず、家で過ごすことを選択した場合に備蓄しておくべきものだと思います。

 

本当に持ち出すべきものと、子供のもの

ただし、逃げなければならないとき。

時間に余裕があれば、同時に持ち出すべきは子供のものです。

避難所は大人を中心に準備がされているので、乳幼児に必要なものが無い可能性があるからです。

特に乳児の場合はオムツ・毛布(またはバスタオル、おくるみ)・ミルク・着替えは最低限

幼児の場合も、大好きなおやつやおもちゃ、飲み物を持ち出すべきだと思います。

避難所生活は大人に合わせて行われます。
乳児・幼児の品が揃っていない避難所も多いはずです。

特に幼児の場合は周囲の状況や異変を察知して不安になっているはずですから、おやつやおもちゃがあればずいぶん気持ちも変わるでしょう。

大人が持ち出せそうなら持ち出すものは、現金・携帯電話・保険証・印鑑・通帳・懐中電灯・ラジオ・女性の場合は意外と困るのが生理用品です。

これらのものは大変重要ですが、やはり家に倒壊の危険があったり津波の予報が出ているときは絶対に逃げることを優先しましょう。
そして最後に、枕元や手の届くところに靴を一足用意しておいてください。

家具や割れ物が散乱した家のなかを歩くため、
また玄関に辿り着けず、窓から外へ逃げることになったときのために枕元に靴があると良いです。

逃げるにしても、靴がなければ走ることもままなりません。

何も持ち出すことができないほどの危機の際、靴を履いているのと履いていないのでは大違いです。

枕元に靴をお忘れ無く。

 

 

そして、我が家は避難袋を捨てた

東日本大震災、その後の妊娠と出産を経ましたが、未だにうちには避難袋はありません。

ポータブルトイレなどの中身をゴミに出したわけではないのですが、これに固執しないようにと中身はあえて家の押し入れのなかにバラバラにしまってあります。
救急セットは常備薬類と共に、レスキューセットは押し入れに、ビニール袋だって台所です。

震災後の食糧事情の記憶がありますので、家に食糧と水は常に備蓄してありますし、赤十字のチェックリストにあるものの多くを家には置いてあります。

子供が生まれたので、子供のものも多めに揃えておいています。

しかし、避難袋としての形は成していません。

逃げるときは体ひとつで。

そして、子供を連れて。

何かを持ち出すなら、上記の2つを確実にできると判断したあとで、余裕があればと心に決めています。

家族の命よりも大切なものなんてありません。

 

だから我が家は、避難袋を捨てました。

 

 

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Comment

  1. うめた より:

    東日本大震災の現地だと海に近いところで被災して近くの避難所に逃げた人は
    初期、食料と水が来ず、大変だったそうです。

    私の親戚は公務員で山側の被害チェック担当で車も自分も津波に流されず、
    たまたま無事だったその避難所に行ったため(海側はアウトで亡くなった方も
    見たようです)、
    避難所で備蓄の食料、飲料を配る係をしたそうですが、
    とても人数分は無く、何もかも流された人たちも何も持っておらず、
    「欲しい」と言われても配るものがなく多少険悪な雰囲気もあったそうです。

    こういう話もあるということを記録として書いておきます。

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